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OZスタジオ・ミュージシャンを派遣致します!
ブライダル、イベントにご活用ください。

 

ラウンジプレイヤー小倉裕子(p)
楽譜を見ず、お客様に気を配りながら演奏する、これが小倉裕子オズスタジオのラウンジプレイの特長です。
ブライダル、ラウンジでのBGM演奏にご活用ください。

 

OZstudio アーティスト紹介



小倉裕子と共に活動しているアーティストです



小林 幸恵
(ボーカル)
(小林幸恵&OZ BAND)
それぞれの★に祈ろう、他
http://www.kobayashiyukie.net/


インタビュー (Real)

小林幸恵

兵庫県姫路市出身。
テレビ東京系人気番組[ASAYAN]にて放送された[小室哲哉オーディション1999] で、約24,000人の中からグランプリを獲得。
その後、活動拠点を、イギリス、フランス、アイルランド、アメリカと移しながら音楽の修行を重ねる。

ニューヨークではアポロシアターのアマチュアナイトにて本選まで進出。
LAではホイットニーヒューストン等も立った、NBAのオープニングセレモニーにて米国国家を歌い注目を集める。
2000年、米国インディーズレーベルより、ニッキ−・モンロー名義で[SUKIYAKI] を歌いデビュー。
ナラダ・マイケル・ウォ−ルデンをプロデューサーに迎えたこのナンバーが、全米レコードプールチャートで11位まで上昇。米国クラブシーンをもにぎわす。

同年12月、日本デビューシングル『Who Do You Love?』をリリース。その後もインターナショナルな活動を続け、4・P・Mや、ピーボ・ブライソン等との共演。
2001年夏にはモントリオール・ジャズフェスティバルへゲストボーカルとしての出演を果たした。
2002年、ミューズカクテルVol.4では、スペシャルゲストとして参加。
結婚して現在は小樽に在住。

2003年夏、小樽にてライブ活動を再開。
多岐に渡る音楽ジャンルに取り組んでいる。
偶然(必然?)的なきっかけでOZと出会い、共に活動を始める。オリジナル曲もでき、OZスタジオ講師陣、OZ BANDを率いてライブ活動を行っている。
 芸術の森JAZZ FORESTに出演以降、札幌ヘブンスタジオやヤマハミューズホールでのライブを行う。FMノースウェーブにも出演。 再び人気上昇中!
(北海道新聞に掲載)

オリジナル曲を聴くことができます。

それぞれの☆に祈ろう(mp3)
  作詞作曲/小倉裕子 唄/ 小林幸恵 演奏/OZBAND

 

 


小野靖子(ボーカル)
(infinity)

HPラジオ
infinityのトンデモ8分!!

E2007/6/28タコと戦うの巻き!
F2007/7/8男前を試食すの巻き
G2007/8/8子供盆踊りを歌うの巻き

infinity
小野靖子(vo)小倉裕子(pf)
2005年4月にオリジナル曲紹介のためのプロモーションユニットとして結成。2005年8月に広島駅地下広場にて、平和を願うコンサート(主催OZstudio)「ホワイトプロジェクト」
を行う。OZスタジオを拠点に全道各地でライブ活動中。 HPラジオにて「infinityのトンデモ8分!!」公開中!!


 

小野靖子 ・・・札幌市在住。シンガーソングライター。MUSIC☆PORT.JAPAN会員。
1989年よりイラストレーター、1999年より音楽活動を始める。ユニット「SHINE」や 「macle」でのライブ活動で実績を重ねる。 2005年4月に偶然知り合った小倉裕子と新ユニット「Infinity」を結成。2006年8月6日の広島原爆の日に広島で「平和コンサート」を行う。


infinityのオリジナル曲

懐かしい歌謡曲のような作風が特長。
曲を聴くことができます。

NEXT MUSIC


平井愛子(ソプラノ)
(June 28th)

運河灯、他

平井愛子

 函館市出身、小樽市在住。札幌大谷短期大学音楽科卒業、札幌大谷短期大学専攻修了以後、期限付教諭をしながら音楽活動を行っている。
 ヤマハミュージック小樽店にてピアノ、ソルフェージュを三浦明子氏に、
声楽を高村香那子、遠藤春海、富田とき子の各氏に師事。


オリジナル曲を聴くことができます。著作権はこちらが保有しています。

詞・武田志津子 作曲・小倉裕子 唄・平井愛子
運河灯(mp3)
運河灯ピアノバージョン(mp3)


松本  大地 (ボーカル)

インタビュー (Real)

松本  大地

札幌を中心に活動を続けていたが2001年に本格的なデビューを目指し上京。
オーディション合格を経て2003年には「Manji」(マンジ)の名で
マキシシングル「First Time Again もう二度と・・・」でインディーズデビュー。
(このマキシシングルの作曲を担当した長谷川晃一郎(〜KH-R〜)は、
ジョージベンソン・宇多田ヒカル・モーニング娘。のリアレンジを担当する巨匠)
そして2005年、彼が、心からリスペクトして止まない、同じ北海道出身の
アーティストのヒットソングをカヴァーしたメジャーデビューアルバム
『大地のうた〜Na.Ma.Ra Love Songs』を
引き下げて再び北海道を拠点に活動することを決意。


溝手 孝司

ライブ(Real)

溝手 孝司

1969年北見市生まれ、高校卒業後ブラジルに音楽留学。ボサノバに目覚める。ブラジルのパブスナックでウエイター&前座ミュージシャンとして修行を積んでいた二十歳の頃、たまたまアメリカから来ていたレコード会社のプロデューサーの目に留まりスカウトされ二十歳でニューヨークへ。一流ミュージシャンのバックコーラスとして活動するも、もう1ランク上を求めシカゴへ。
この地ではブルースに影響を受ける。
23歳のとき、アメリカでプロデビューを果たすもビルボードのチャートインを果たすことなく2年で解雇。一度は音楽の世界をあきらめ、ワシントンのピザショップで働いていたが、アメリカの一流プロデューサートム・ダイナマイトがプロデュースするアマチュアミュージシャン発掘のオーディションがあると知り、過去のプロ歴を隠し応募。見事283578人の中からグランプリに選ばれ、「all need」でデビュー。ビルボードチャート最高位12位と新人としては驚異的なヒットを飛ばす。セカンドシングル「you」もビルボードtop30入りを果たすが、その頃過去のデビュー歴がマスコミにばれ、レコード会社を解雇される。その後しばらくアメリカで再起を狙っていたが、チャンスは訪れず30歳で日本に戻る。日本では出版関連や放送関連など音楽とは全く異なる活動をしていたが、37歳のとき作曲家・小倉裕子と運命的な出会いを果たし再び音楽業界に舞い戻る。06年、日本では初、自身10年ぶりのライブを札幌で行う。そのとき歌った「幸せのススメ」がレコード会社の目に留まりCDデビューの話が舞い込む・・・・・・・・。
%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%・・・・・・・・・・・という、ありもしない話をべらべら話すうそつき男である。